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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)4108号 判決

原告

佐藤光男

株式会社三貴工業所

右代表者代表取締役

佐藤光男

原告

ニック株式会社

右代表者代表取締役

佐藤勝昭

右三名訴訟代理人弁護士

乾てい子

右補佐人弁理士

宇佐見忠男

被告

株式会社松永製作所

右代表者代表取締役

松永茂之

右訴訟代理人弁護士

後藤昌弘

右補佐人弁理士

広江武典

西尾章

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  控訴費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、別紙イ号物件目録及び同ロ号物件目録各記載の車椅子を、製造、販売してはならない。

二  被告は、原告佐藤光男に対し四八五七万五〇〇〇円、同株式会社三貴工業所に対し二億一二五八万七五〇〇円及び同ニック株式会社に対し二億一四五八万七五〇〇円並びにいずれも平成一〇年一〇月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

なお、原告らは、実用新案権に基づく請求に関する侵害物件を別紙イ号物件目録、同ロ号物件目録各記載の車椅子とし、不正競争防止法違反に基づく請求に関する被告の製品の車椅子をイ(A)号物件、ロ(A)号物件として、その製造、販売の差止めを求めているが、イ(A)号物件は同イ号物件目録記載の車椅子と、ロ(A)号物件は同ロ号物件目録記載の車椅子と同一であるから、物件目録としては別紙のとおりとし、製造、販売の差止めに関する請求も、第一項の請求にまとめた。

第二  事案の概要

一  本件は、アームレストが跳ね上げ式である車椅子の実用新案権者、同実用新案権の専用実施権者、右実用新案権の実施品の販売会社である原告らが、跳ね上げ式アームレストを有する車椅子を製造販売している被告に対し、それぞれ、実用新案権に基づく差止め及び実施料相当額の損害賠償、独占的通常実施権に基づく損害賠償、不正競争防止法二条一項一号違反を理由とした差止め(同法三条)及び損害賠償(同法四条)、並びに各損害賠償金に対する遅延損害金の支払を求めるものである。

二  争いのない事実等<省略>

第三  本件の争点

一  実用新案権侵害について

1  イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属するか。

(一) イ号物件は、「座部の両側にアームレストを取り付ける」との構成を備えているか。

(二) イ号物件は、「コの字形フレーム」との構成を備えているか。仮に、その構成を備えていないとしても、均等の範囲にあるか。

(三) イ号物件は、「フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されている」との構成を備えているか。仮に、その構成を備えていないとしても、均等の範囲にあるか。

(四) イ号物件は、「水平使用状態では前下端部が車椅子本体にロック可能に支持されている」との構成を備えているか。

(五) イ号物件は、「係合ボルト」との構成を備えているか。仮に、その構成を備えていないとしても、均等の範囲にあるか。

2  ロ号物件は、本件考案の技術的範囲に属するか。

(一) ロ号物件は、「座部の両側にアームレストを取り付ける」との構成を備えているか。

(二) ロ号物件は、「コの字形フレーム」との構成を備えているか。仮に、その構成を備えていないとしても、均等の範囲にあるか。

(三) ロ号物件は、「フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されている」との構成を備えているか。

(四) ロ号物件は、「水平使用状態では前下端部が車椅子本体にロック可能に支持されている」との構成を備えているか。

(五) ロ号物件は、「係合ボルト」との構成を備えているか。仮に、その構成を備えていないとしても、均等の範囲にあるか。

3  損害の発生及びその額

二  不正競争防止法違反について

1  原告商品の形態に、商品等表示性及び周知性はあるか。

2  原告商品と被告商品は類似しているか、誤認混同のおそれはあるか。

3  損害の発生及びその額

第四  争点に関する当事者の主張<省略>

第五  当裁判所の判断

一  本件実用新案権の侵害について

1  争点1、2(イ号物件及びロ号物件が本件実用新案権の技術的範囲に属するか。)について

(一) 争点1、2の各(二)(コの字形フレーム)について

原告佐藤及び同三貴工業所は、イ号物件においては、ロの字形フレーム11の前辺11Aと上辺11Bとアーム12によりコの字形フレームが構成されており、ロ号物件においては、フレーム11の前辺11Aと上辺11Bと後辺11Cによりコの字形フレームが構成されていると主張する。

しかしながら、次の理由から右原告らの右主張は採用できない。

本件実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の記載によれば、本件考案のコの字形フレームには遮板が張設される構成になっており、右遮板は使用者の着衣がアームレストからはみ出して車輪等に巻き込みまれることを防止する作用を果たしているが、本件考案において遮板をその作用効果を発揮できるようアームレスト部分に張設するためには、少なくとも遮板の三方をアームレストに張設することが必要不可欠であると解される。したがって、本件考案において遮板を設けるためには、そのアームレストは少なくともコの字形である必要があり、本件考案のコの字形フレームの後辺部分(背部側の辺)は、フレームの前辺及び上辺部分とともに遮板が張設するための役目を担っていることになる。これに対して、イ号物件におけるアーム12、ロ号物件におけるフレーム11の後辺11Cは、アームレストの回動のための役割を担っているにすぎず、遮板を設けるための役割を担っていない。

よって、イ号物件及びロ号物件は、いずれも構成要件Bを充足しない。

(二) 均等論の成否

特許権侵害訴訟において、特許発明にかかる願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれら右出願時に容易に推考できたものではなく、(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当であり(最高裁平成一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁参照)、この点は実用新案権侵害訴訟についても同様であると解される。

原告佐藤及び原告三貴工業所は、構成要件Bについて、イ号物件及びロ号物件は均等であると主張する。しかし、前述のように、イ号物件におけるアーム12及びロ号物件におけるフレーム11の後辺11Cは、回動のための機能を有しているにすぎず、遮板を設けるための機能は有していない。そうすると、本件考案におけるアームレストの後辺と称する部分をイ号物件におけるアーム12及びロ号物件におけるフレーム11の後辺11Cに置き換えた場合には、遮板を設けることができないか、設けたとしても本件考案における遮板による本来の作用効果は発揮することができないことになる。したがって、イ号物件におけるアーム12及びロ号物件におけるフレーム11の後辺11Cは本件考案におけるアームレストの後辺と称する部分と同一の作用効果を有しないというべきであるから、構成要件Bについて、均等が成立する余地はない。

(三) 争点1、2の各(五)(係合ボルト)について

本件考案の構成要件Dは、本件考案にかかる車椅子のアームレストが水平状態では、フレームの前下端部が、車椅子本体にロック可能に支持されており、そのロック方法が、その孔と該孔に挿入する係合ボルトによる係止手段によってなされているとするものである。そして、考案の詳細な説明には、作用効果の欄に、「ロックされているので、車椅子1を階段等から降ろす時は、アームレスト9を手で掴んで車椅子1を持上げることも出来る。」と記載され、実施例の説明中には、「第一図に示す使用状態(水平使用状態の意味である)では、該アームレスト9のフレーム9Aの前下端部9Dの平坦部の嵌着溝9Eに前側フレーム4の係合ボルト18が嵌合し、更にロック片9Gのロック孔9Hが該係合ボルト18に係合しているので、アームレスト9は確実に車椅子1本体に固定され、車椅子1を階段等から降ろす場合はアームレスト9を手がかりとして車椅子1を持上げることが出来る。」との記載がある。

右のとおり、本件考案では、フレームを車椅子本体に係止する手段が、孔と該孔に挿入する「係合ボルト」と表現されているところ、証拠(甲一五、乙六〇)によれば、「ボルト」とは、「ナットで締め付ける頭つきねじ」、「金属丸棒の一端にねじを切り、他端に直径より大きな四角ないし六角の頭をつけたもの」などと定義されていることが認められる。本件考案における「係合ボルト」とは、ボルト形状をもって係合することを目的とする部材であると解されるから、「ボルト」の右字義を合わせ考えるならば、「係合ボルト」とは、軸部とその軸部の直径よりも大きい頭部を有する形状の係合用部材であると解するのが相当である。イ号物件及びロ号物件における係止手段には、ピン部材が採用されており、その軸部の直径よりも大きい頭部は存在しないから、「係合ボルト」による係止手段がなく、構成要件Dを充足しないといわざるを得ない。

この点、原告佐藤及び原告三貴工業所は、ボルトとは、本来的に、閂或いはさし錠を意味し、孔に挿入して係止を行う部材であり、ピンと同義であり、軸部より大きい頭部を有する必要はない、本件考案の係合ボルトとによる係止手段は、アームレストの上方への回動をロックすることを目的としているのであり、横ずれ防止を目的としているのではない(横ずれ防止はコの字形フレームの前下端部の平坦部の嵌着溝に嵌着溝の幅よりも直径が大きい係合ボルトが嵌合することによるものである。)から、係合ボルトは頭部を必須の構成要素とするものではなく、本件考案の実施品である原告商品においても、ロック片9Gのロック孔9Hは係合ボルト18の頭部の厚み部分に係合しているにすぎず、ボルトの頭部が軸部の直径より大きいことは係止手段として機能していないから、イ号物件及びロ号物件におけるピンは、係合ボルトに該当すると主張する。

そこで、本件考案において、孔と係合ボルトがどのようにして係合するものとされているかについて、検討するに、本件考案の実用新案登録請求の範囲にも、詳細な説明にも、係合方法について具体的な記載はない。

しかしながら、本件考案にかかる車椅子は、アームレストを持って車椅子を階段等から降ろす場合にも、アームレストが確実に車椅子本体に固定されるということを作用効果上の特徴として掲げているのであるから、孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段はアームレストを確実に車椅子本体に固定できる構成であることを要件としているというべきである。そこで、本件考案にかかる車椅子を持ち上げて運ぶ場合を想定するに、アームレストの上方回動方向に力が作用するといっても、単純に真上方向への力のみが作用するとは限らず、アームレストの横方向への撓み、運搬者の力の作用方向、車椅子使用者の姿勢等の諸事情により、斜め上方向にも力が作用する場合があることは容易に想定されるところである。このように斜め上方向に力が作用した場合に、確実に固定できるためには、ロック片の孔が係合ボルトから抜け落ちない(係合ボルトがロック片の孔から抜け落ちないとも表現できる。)ことが必須であるところ、ロック片の孔がボルトの軸部に係合していた場合には、車椅子を持ち上げると、ロック片の孔の下部が係合ボルトの軸部の下側に接することになり、軸に沿って横方向にずれたとしても、係合ボルトの頭部にひっかかり、それ以上に横方向には動かないから、結局アームレストが車椅子本体から外れることを防止することになる。これに引き換え、頭部を有しないピンの場合においては、ロック片の孔が軸に沿って横方向にずれて、抜け落ちるのを阻止する部材はなく、アームレストが車椅子本体から外れることを防止できない。

本件考案の詳細な説明には、係合方法を右のようなものであると認定するにつき妨げとなるものはなく、かえって、添付の第四図においても、ボルトの軸の長さは嵌着溝の幅より大きく書かれており、同図によれば、孔であるロック片が係合ボルトの軸部に係合するものとされているといえないわけではない。右第四図から、そこまではいえないとしても、同図は、ロック片が係合ボルトの軸部に係合できない内容とはなっていない。

原告商品においては、ロック片の孔は係合ボルトの頭部の厚み部分に係合するようになっているところ、原告佐藤及び原告三貴工業所は、原告商品に斜め上方向への力が作用しても、アームレストが外れることはないと主張するが、その理由は、ロック片を車椅子本体側に付勢しているバネの力が強いため、斜め上方向の力が作用した場合も確実に固定できるというにすぎない(斜め上方向への力が働く場合には、横ずれ防止と異なり、嵌着溝によりフレームが外れることを防止することはできないと認められ、原告佐藤及び原告三貴工業所も、この場合を横ずれの場合と同様であるとは主張していないものと解される。)。本件考案にはバネは全く構成要素とされていないし、発明の詳細な説明にもバネの力に関する記載はない、また、バネに関する事項が当業者にとって自明なものとも認められないから、係合方法の認定に当たってバネの力を考慮することはできない。バネの力を考慮できないとした場合には、原告商品は、車椅子を持ち上げるとき確実に固定できない構造であるから、原告商品は、本件考案の実施品ではないといわざるを得ない。

なお、被告は、車椅子に座っていた者が、立ち上がろうとしてフレームに上方から下方に力を加えた場合にも、ボルトの軸部に横滑りの力が作用し、ボルトの頭部がないと横に外れると主張するところ、この場合においても、ロック片の孔の上部が軸部の上側に接しているから、軸に沿って横方向に滑ったとき、ロック片の孔の上部がボルトの頭部に引っかかることになり、ボルトの頭部が固定の役目を果たしており、頭部を有する係合ボルトによる係止手段の作用効果が発揮されているということができる。そして、この場合においても、頭部のないピンによっては、前記のような作用は果たせない。

以上のとおり、本件考案の係合ボルトは、頭部を有するボルトの意味であり、係止手段としてピンを用いているイ号物件及びロ号物件が構成要件Dを充足しないことは明らかである。

(四) 均等論の成否

原告佐藤及び原告三貴工業所は、構成要件Dについて均等の成立を主張するので検討する。

(1) 本質的部分について

前記のとおり、均等が成立するためには、実用新案登録請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分が当該考案の本質的部分ではないことを要するが、右本質的部分とは、実用新案登録請求の範囲に記載された構成のうちで、当該考案特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該考案の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解される。そして、対象製品との相違が考案の本質的部分にかかるものであるかどうかを判断するに当たっては、単に実用新案登録請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品等の備える解決手段が、考案における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものかという点から判断すべきである。

これを本件についてみると、証拠(甲二、一一、乙二の1ないし4、三ないし五、乙六四の1、2、八六の1、2)によれば、次の事実が認められる。

① 原告佐藤は、平成二年六月二八日、本件考案の実用新案権出願を行い、平成五年一二月二二日、本件考案は設定登録されたが、当初の実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりであった。

「座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって、該アームレストは遮板が張設されているコの字形フレームからなり、該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており、水平使用状態では前下端部は車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。」

② しかしながら、右出願当時、車椅子の座部の両側にアームレストを後上方に回動可能に取り付けること、コの字形フレームからなるアームレストに遮板を張設すること、アームレストを構成するフレームの後下端部を車椅子本体に枢着することは、いずれも公知の技術(実公昭五二―四三五四四号)であり、水平使用状態では前下端部は車椅子本体にロック可能に支持されていることに関しても、「アームレストを水平に使用する状態において、アームレストを構成するフレームの前下端部を孔と該孔に挿入する爪状のもの(スプリング戻り爪)による係止手段によって車椅子本体にロック可能に支持すること」を内容とする公知技術(米国特許第四八四〇三九〇号)があり、アームレストを車椅子本体にロック可能に支持すること自体は公知であった。

③ 前記②のとおり、当初の実用新案登録請求の範囲では、新規性がないとして、考案が無効とされることが予想される状態であった。そこで、原告佐藤は、平成一〇年七月八日、実用新案登録請求の範囲の記載を次のとおり訂正する旨の訂正審判請求(平成一〇年審判第三九〇五一号)を行った(傍線部分が訂正のための挿入箇所)。

「座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって、該アームレストは遮板が張設されているコの字形フレームからなり、該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており、水平使用状態では前下端部は、孔と該孔に挿入する棒部材とによる係止手段によって、車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。」

④ これに対し、特許庁は、原告佐藤が係止手段として特定した「棒部材」は、訂正前の明細書には記載されておらず、訂正前の明細書には「棒部材」に相当するものとして「係合ボルト」が考案の詳細な説明の部分に記載されているのみであるところ、「棒部材」は「係合ボルト」以外の技術的事項を含むものであって、「係合ボルト」の記載から一義的に明確に導き出されるものではなく、当該訂正は新規事項を加入する訂正であるから、平成五年法律第二六号附則四条二項の規定により読み替えられた実用新案法三九条一項の規定に適合しないとの理由で、平成一〇年九月七日付けで右訂正審判の請求を拒絶する旨の通知を行った。

⑤ 原告佐藤は、右拒絶理由通知を受けて、特許庁に対し、平成一〇年一一月一一日付け手続補正書(訂正審判請求書)により、前記の「棒部材」を「係合ボルト」に置き換えるとの補正請求を行い、同日付け意見書を提出した。

⑥ 特許庁は、右補正請求について審理を行い、平成一〇年一二月九日、訂正を認める審決を行った。

以上の経過に鑑みると、本件考案の特徴的部分は、「孔と該孔に挿入する係合ボルト」による係止手段が採用されている点にあるが、本件考案特有の作用効果は、実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の記載からすると、「アームレストが水平状態でロックされているので、車椅子を階段等から降ろす時に、アームレストを手で掴んで車椅子を持ち上げることができる」という点にあると認められるところ、これは、本件考案にかかる車椅子がそのアームレストを上方へ回動可能に取り付けた構成を有する車椅子であり、アームレストを上方へ回動させることができる一方で、アームレストは水平状態では確実にロックされているため、アームレストを手で掴んで車椅子を持ち上げるような動作を行っても支障がないことを意味しているものと解される。すなわち、本件考案は、前記従来技術が、アームレストの上方への回動をロックすることのみを目的として孔と該孔に係合する爪状の部材を使用していたのに対し、前記のとおり、孔と該孔に挿入する係合ボルトを使用することにより、アームレストを手で掴んで車椅子を持ち上げた場合に生じる不測の負荷にも対処できることになる点において、従来技術にない特有の課題解決手段を明らかにしたものとして登録されるに至ったと認められるのである。

よって、本件考案の「係合ボルト」は、まさに本件考案特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であって、本件考案の本質的部分というべきである。

(2) 意識的除外について

前記のとおり、対象製品等が考案の出願手続等において実用新案登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなど特段の事情がある場合には、均等は成立しない。そこで、この点について検討する。

前記(1)認定の事実によれば、原告佐藤は、その訂正審判手続において、当初請求の「前下端部は車椅子本体にロック可能に支持されている」という記載を、「前下端部は孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段により車椅子本体にロック可能に支持されている」と実用新案登録請求の範囲を減縮したもの、すなわち、本件考案の係止手段にかかる技術的範囲を、あらゆる係止手段を含んだものから、「孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段」に限定したものであり、特に、特許庁の訂正の拒絶通知を受けて、ピンを含む棒部材の概念より限定されたものとして係合ボルトと訂正したものである。そして、右実用新案登録請求の範囲の減縮は、本件考案が無効となるのを回避するために行ったものである。

以上のとおり、本件考案は、係止手段からピンを含む棒部材を意識的に除外した結果、訂正の方法により登録が維持されたものであるから、均等の成立を妨げる特段の事情があるというべきである。

(3) したがって、本件考案の構成要件Dのうち係止手段について、イ号物件及びロ号物件の構成が本件考案と均等であるとは認められない。

(五) 以上によれば、イ号物件及びロ号物件は、いずれも本件実用新案権の技術的範囲に属しないから、その余の点について判断するまでもなく、本件実用新案権侵害を理由とした原告らの請求はいずれも理由がない。

二  不正競争防止法違反について

1  争点1(原告商品の形態に、商品等表示性及び周知性はあるか。)について

原告ニックは、原告商品の形状は、背もたれ方向(後方)に跳ね上げて撤去されるアームレストの構成に特徴があり、これはこれまでの商品にはない形態で、強い自他識別力があるから、右形状は不正競争防止法二条一項一号にいう商品等表示となり得ると主張する。

証拠(甲九の2、一六の2、6、乙六ないし五五、六七ないし八〇)及び弁論の全趣旨によれば、病人や老人等を対象とした介助用の車椅子については、介助を要する者がベッド等から車椅子に容易に移動できることが求められるところ、車椅子の座部の両側に設けられたアームレストはその妨げになるため、介助を要する者が乗り移る際アームレストを撤去するための技術上の工夫が種々試みられてきたが、アームレストの撤去方法はアームレストを取り外すか、横に開くか、後方に跳ね上げるか或いは下方に押し下げるかなどの数種類に限られ、これらの方法を、単独で採用するか、組み合わせることにならざるを得なかったこと、アームレストを後方に跳ね上げて撤去する方法を採用した商品は、身障者向けの階段用リフトやトイレ等、患者が座って使用する形態の福祉・介護用品については、昭和六〇年ころから製造販売されており、車椅子についても、外国では昭和六一年ころから製造販売されており、平成五年ころ以降は、国内でも多数のメーカーが右形態を持った車椅子を製造販売していることが認められる。

このように、車椅子のアームレストを後方に跳ね上げて撤去すること自体は、介助用の車椅子としては、撤去方法のうち容易に想定される方法の一つにすぎず、また、福祉・介助用品市場においてはさほど目新しいものではなかったから、車椅子に応用されたとしても、それが原告ニックの主張するように特徴的な形態として強い出所表示機能を果たしたとは認め難い。

アームレストを後方へ跳ね上げて撤去する車椅子を最初に製造販売したのが原告であり、販売を開始した当初において、これが原告商品の特徴的形態であると認識されていたとしても、前記のとおり、平成五年ころ以降は、国内においても同様の形態の車椅子が多数のメーカーから販売されるようになっていたのであるから、原告が被告の侵害行為の始期とする平成八年六月(なお、被告は製造販売の開始時期は同年七月であると主張しているところ、同年六月から販売したとの事実を認めるに足る証拠はない。)の時点においては、単にアームレストを後方に跳ね上げて撤去する車椅子であるというだけの形態の特徴によって、原告商品が他から識別されていたものとは思われず、右形態が原告商品の商品等表示として周知性を有していたとは認め難い。そして、その後現在までの間に原告商品の形態が周知のものとなったとも認め難い。

なお、アームレストをコの字形にし、遮板を取り付けたこと、アームレストを車椅子本体にロック可能にしたことの特徴を加味しても、前掲証拠により認められる他社の商品の形態と比較して、原告商品が独特の形態を有するというには未だ不十分であり、結局、右商品形態が原告商品に関する商品等表示性を有するとも認め難い。

2  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告ニックの請求にはいずれも理由がない。

三  以上判示したところによれば、原告らの請求にはいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・野田武明、裁判官・橋本都月、裁判官・富岡貴美)

イ号物件目録

イ号物件目録の構成は、添付する図1〜図7及び写真1〜写真4によって以下に説明するとおりである。

車椅子1の本体2において、座部3の背後には背もたれ部4が立設され、該背もたれ部4の上縁両端からは把手5、5が差し出され、該座部3の前側左右からは足載せ台6、6が垂設されている。

車椅子本体2の後部には左右一対の主車輪7、7が回転自在に軸支され、前部には左右一対のキャスター8、8が取り付けられ、更に本体2の座部3の左右にはアームレスト9、9が取り付けられている。

該アームレスト9、9は、前辺11A、上辺11B、後辺11C、下辺11Dから構成されるロの字形と、該ロの字形フレーム11の該上辺11Bの後端から下方に屈曲して延設されたアーム12と、前辺11A、下辺11D及び後辺11Cに張設される遮板10とからなり、該アーム12の下端部が車椅子本体2に枢着されることによって、該アームレスト9、9は水平状態より下方へ回動可能に取り付けられ、水平使用状態では該フレーム11の該前辺11Aの下端部は車椅子本体2にロック可能に支持されている。

図6および図7に示すように、該アームレスト9のフレーム11の該前辺11Aの下端部には係止孔14を設けたロックブラケット13が垂設され、車椅子本体2側には該ブラケット13を受け止める受止めブラケット15が取り付けられ、該受止めブラケット15のピン孔16にはレバー17によって出没するピン18が貫通する。

該アームレスト9が図1〜図4及び写真1に示す水平使用状態では、該アームレスト9のフレーム11のロックブラケット13が車椅子本体2側の受止めブラケット15に受止され、ピン18は該受止めブラケット15のピン孔16を介して該ロックブラケット13の係止孔14に係合し、該アームレスト9は水平使用状態でロックされる。

該レバー17を図7二点鎖線方向へ回動させることによってピン18を該受止めブラケット15のピン孔16から没状態とすると、上記ロックは解除され、アームレスト9をアーム12を介して図1ないし4に示す状態から図5及び写真4に示す状態まで回動させて座部3側面から取り払うことができる。

添付図面及び写真の説明

図1 正面図

図2 背面図

図3 平面図

図4 左側面図(通常使用状態)

図5 左側面図(アームレスト撤去状態)

図6 アームレストロック機構斜視図

図7 アームレストロック機構側断面図

写真1 通常使用状態斜視図

写真2 アームレスト撤去開始状態斜視図

写真3 アームレスト撤去後期状態斜視図

写真4 アームレスト完全撤去状態斜視図

ロ号物件目録

ロ号物件の構成は、添付する図1〜図8及び写真1〜写真4によって以下に説明するとおりである。

車椅子1の本体2において、座部3の背後には背もたれ部4が立設され、該背もたれ部4の上縁両端からは把手5、5が差し出され、該座部3の前側左右からは足載せ台6、6が垂設されている。

車椅子本体2の後部には左右一対の主車輪7、7が回転自在に軸支され、前部には左右一対のキャスター8、8が取り付けられ、更に本体2の座部3の左右にはアームレスト9、9が取り付けられている。

該アームレスト9、9は図6に示すように前辺11A、上辺11B、後辺11Cからなるフレーム11と、該フレーム11の内側において上辺11Bと前辺11Aとの間に差し渡されるL字形枠11Dと、該前辺11Aと該L字形枠11Dとの間に差し渡される遮板10とからなり、該後辺11Cの下端部が車椅子本体2に枢着されることによって、該アームレスト9、9は水平状態より上方へ回動可能に取り付けられ、水平使用状態では該フレーム11の前下端部は車椅子本体2にロック可能に支持されている。

図7及び図8に示すように、該アームレスト9のフレーム11の前辺11Aの下端には係止孔14を設けたロックブラケット13が垂設され、車椅子本体2側には該ブラケット13を受け止める受止めブラケット15が取り付けられ、該受止めブラケット15のピン孔16にはレバー17によって出没するピン18が貫通する。

該アームレスト9が図1〜図4及び写真1に示す水平使用状態では、該アームレスト9のフレーム11のロックブラケット13が車椅子本体2側の受止めブラケット15に受止され、ピン18は該受止めブラケット15のピン孔16を介して該ロックブラケット13の係上孔14に係合し、該アームレスト9は水平使用状態でロックされる。

該レバー17を図8二点鎖線方向へ回動させることによってピン18を該受止めブラケット15のピン孔16から没状態とすると、上記ロックは解除され、アームレスト9を該後辺11Cを介して図1ないし4に示す状態から図5及び写真4に示す状態まで回動させて座部3側面から取り払うことができる。

添付図面及び写真の説明

図1 正面図

図2 背面図

図3 平面図

図4 左側面図(通常使用状態)

図5 左側面図(アームレスト撤去状態)

図6 アームレストフレーム説明図

図7 アームレストロック機構斜視図

図8 アームレストロック機構側断面図

写真1 通常使用状態斜視図

写真2 アームレスト撤去開始状態斜視図

写真3 アームレスト撤去後期状態斜視図

写真4 アームレスト完全撤去状態斜視図

原告商品目録

原告商品の構成は、添付する図1〜図5及び写真1〜写真4によって以下に説明するとおりである。

車椅子1Aの本体2Aにおいて、座部3Aの背後には布を材料とした背当て5Aを張設した左右一対の背もたれ枠4A、4Aが立設され、該背もたれ枠4A、4Aの上端からは把手6A、6Aが差し出され、該座部3Aの前側左右からは中間に布を材料とした足当て7Aを張設した前枠8A、8Aが垂設されており、該前枠8A、8A下端には足載せ台9A、9Aが上方に跳ね上げ可能に取り付けられている。

車椅子本体2Aの後部には左右一対の主車輪10A、10Aが回転自在に軸支され、前部には左右一対のキャスター11A、11Aが取り付けられ、更に本体2Aの座部3Aの左右にはアームレスト12A、12Aが取り付けられている。

該アームレスト12A、12Aは遮板13Aが張設されているコの字形フレーム14Aからなり、該フレーム14Aの後下端部15Aが車椅子本体2Aに枢着されることによって、該アームレスト12Aは水平状態より上方へ回動可能に取り付けられ、水平使用状態では該フレーム14Aの前下端部は車椅子本体2Aにロック可能に支持されている。

該フレーム14Aのロックを解除し、アームレスト12A後下端部15Aを中心として図面1ないし4及び写真1に示す状態から図5及び写真4に示す状態まで回動させて座部3A側面から取り払うことができる。

添付図面及び写真の説明

図1 正面図

図2 背面図

図3 平面図

図4 左側面図(通常使用状態)

図5 左側面図(アームレスト撤去状態)

写真1 通常使用状態斜視図

写真2 アームレスト撤去開始状態斜視図

写真3 アームレスト撤去後期状態斜視図

写真4 アームレスト完全撤去状態斜視図

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